{track}岩井山 最明寺

「御宿」という町について色々調べていた折に、この町の名前の由来となった景色があることを知った。『最明寺(さいみょうじ)』という寺の裏山から見える景色がそれなのだという。

6月の初め、風景を見るにはベストとは言えない梅雨入り直後の時期ではあるが、見に行ってみることにした。

最明寺は、鎌倉時代にはすでにあったという歴史ある寺。町の名前の由来となった云い伝えというのは、五代執権の北条時頼が諸国巡歴の折に立ち寄り、この寺を宿とした時のこと。時頼が裏山に登り、山頂から見た景色を見て詠んだ歌から町名がつけられたのだと言われている。

そんな由緒ある広々とした寺へ訪れると、敷地内にどことなく現れる階段。ここがどうやら裏山への入り口らしい。どれだけ上るのだろうか。恐る恐る上がってみる。

階段の両脇には紫陽花が満開だった。生憎の天気で晴れない心に、ぱっと彩りを添えてくれた。もしかすると、この時期に来て正解だったのかもしれない。

どうやら道中はひたすら階段らしい。少し雨が降ってきて、苔むした階段が一層滑りやすくなっている。足元に気をつけながら、一段一段登っていく。

裏山とは聞くが、果たしてどのくらい登るのだろう。そう思った時に現れた平坦な道。ここで終わりかに思われたが、さらに奥に階段が。

階段はさらに暗く深く入っていく。生い茂る緑としんしんとふる雨。徐々に別世界に入り込んだような感覚になっていく。

さらに進むと、階段に使われている石はどんどん古く。湿気を帯びた空気と濃い緑に包まれる。

そう思った時に建物が現れた。ここが終着点のようだ。建物の横側は少し開けており、石碑に「夕影の松跡」と書かれている。歌に出てくる松のことだ。

せっかく着いたのだからと、景色を見ようと辺りを見渡す。しかし緑で一面囲われており、肝心の景色が見えないことに気づく。ここまで上がってきたのにと、残念な気持ちになりつつ階段を降り始めると、すぐにもう一つの道があることに気づいた。

きれいに作られたウッドデッキのような道。もしやこの道こそ、例の景色に繋がっているのではないか。気を取り直して進んでいく。

見込んだ通り、この道の先にあったのは、灰色の空でもわかる圧巻の光景。北条時頼が見たであろう景色である。

御宿せし そのときよりと ひととはば 

網代の海に 夕影の松


明るい青の海と白い砂浜のコントラストが特徴の網代湾、そしてかつては石碑の場所に雄大に聳え立っていた松の木。裏山から見た景色が、時頼公が当時泊まった宿の記憶として残り、多くの人へ言い伝えられてきた。


地名の由来となるほどの感動が込められた歌と、その景色を変わらずに守ってきたこの町に、ロマンを覚えたのは、きっと私だけではないはずである。

写真・文 イシカワ

 
 
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